仙台高等裁判所 昭和29年(う)600号 判決
記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴するに、被告人の本件犯行当時におる精神状態は、特異なる酩酊状態にあつて、外見に比して意識は高度に障碍され、連絡ある精神作用は認め難く犯行に対する自覚、是非の弁別はこれを欠く状態にあつたもので、刑法にいわゆる心神喪失の状態にあつたものと認めるのが相当である。以下その説明をする。
(一) 被告人の平時における一般的精神状態は概ね正常の範囲に属し何等の精神病的所見を認め得ないが、智能は僅かに平均智に及ばない程度である。しかし、被告人は少量の飲酒によつて自制心を失い、また一定量の飲酒後は特異なる酩酊に陥る危険がある。即ち、被告人は一定量(大体焼酌約三合)以上の飲酒に際しては忽ち強度の健忘を遺す酩酊状態に入り、しかもそれは朧朦状態とも称すべきもので、記銘、判断等の能力は著しく減弱しているにも拘らず、行動力は比較的に保たれ、一見適確とも思われる応答さえも示すが、しかしその際の言動を冷静に観察すれば、目的性も記憶も刻々と失われ、判断の如き思考作用は認められず、ただ反射的に又衝動的になされている言動に過ぎず、連続する意識の所産とは考えられず、しかもその意識障碍は恒常的な強度の連続ではなく、刻々とその度合を変ずるものである。かく外見に比して実際には精神的障碍が高度で、しかも長時間持続(飲酒後三十分から三時間位が最も著しい)する特徴を有し、その酩酊型はいわゆる病的酩酊(広義)に含まれると解して差支ないとされるのである。
(二) 本件犯行当日被告人は午前十時頃自宅で二十五度の焼酎を一合五勺ほど飲み、白河市に赴いて昼食もせずに午後二時頃某酒店で焼酎一合を飲み更に午後五時頃同店で焼酎一合を飲んで同店を出たところを友人に会つて同店に引返し、なお清酒約三合を飲んで午後五時半から六時近い頃同店を出たのである(被告人の司法警察員に対する昭和二十九年三月三十一日附供述調書、被告人の原審における供述、河和敏子の司法警察員に対する供述調書参照)。そして被告人はその足で同日午後六時四十分逮捕されるまでの間に連続して本件三回の窃盗をしたものである(司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書、星サヨ、亀山武次、田口光男の各司法警察員に対する供述調書参照)。これを前記(一)において説明したところに照せば、被告人の飲んだ午前中の焼酎一合半と午後二時頃の焼酎一合は次の飲酒の基礎となり、午後五時前後に飲んだ焼酎一合と清酒約三合によつて遂に被告人の特異なる酩酊状態に入つたことは、その酒量と時間的経過からみて、当然首肯されるところである。
(三) 右の如く、被告人が本件犯行当時特異なる酩酊状態にあつたため、意識が高度に障碍され、犯行に対する罪の自覚、是非の弁別を欠く状態にあつたと認められる例証として
(1) 木炭販売業星サヨ方軒下から盗んだ木炭五俵は直ちに同家のすぐ後隣りの同番地の丸山イネ方に一時預け、しかもその玄関口に置いたのであるが、更に星方へ行つて木炭の繩を解いているところを発見されて咎められるや、星サヨの見ているに拘らず平然と再び盗品を置いた丸山方へ引返して行つた事実(星サヨ、丸山イネに対する各司法警察員に対する供述調書参照)
(2) 亀山方店舗から時計を盗んだ時は、店の後の奥座敷に家人が居るのに、履物を脱いで店に上り、ウインドウの戸を開けて置時計を盗り、亀山に見つかつて住所氏名をきかれるや、古関村の熊崎新八だと何等隠さず平然答えた事実(亀山武次の司法警察員に対する供述調書参照)
(3) 田口方店舗から発見されずにズボン七着を盗つたが、その盗つたズボン七着を正札のついたまま隠しもせずに小脇に抱えて悠々と田口方の近所の須永方をしかも家人の面前を通抜けた事実(須永力之助の司法警察員に対する供述調書参照)
これらの事実が明かであつて、これに徴すれば、被告人は本件犯行当時各犯罪に対する罪の自覚、是非弁別が全く欠如していたものといわざるを得ないのである。
(四) 尤も、論旨の摘録する如く、被告人が被害者達と応対した際自己の行為を認識し、一見巧な応答をしていることは所論のとおりであり、また多少順序立つた言動を示し、発見されて叱られると詫をいい、最後に追われて逃廻つたりもしているのである。しかし、かくの如く外見上は一応辻褄の合う応答等をしていても、それは、既に(一)において説明した如く、実は単なる反射的衝動的なもので思考作用を伴わず、忽ち忘れ去つてしもう種類のものに過ぎないのであり、逃廻つてもそれは罪を意識したものとは考えられないのであつて、かかる応答等を以て表面的に被告人の特異なる酩酊状態における精神能力を判断することは危険というべきである。
また、論旨は、被告人は犯行後自己の犯行を記憶しているのであつて、このことは全健忘を生ずる程度の酩酊に比して酩酊度が強くなく、精神障碍も軽く、心神喪失の状態にあつたとは認められない証左である旨主張する。成程、被告人の場合全健忘ではないが、犯行後の追想は強く障碍されて、その記憶は甚だ曖昧不確実で多くの欠損部分をさえ露呈しているのであつて、甚だしい健忘を示している。そして、責任性を阻却するいわゆる病的酩酊においても必ずしも全健忘を示すとは限らないのである。
なお、論旨は、原判決は原審鑑定人金森五郎作成の鑑定書中の結論「当時被告人は酒精のための心神喪失の状態にあつたものと考える」なる法律用語を用いた鑑定人の法律的判断をそのまま援用し、他の証拠により認められる客観的事実を無視したもので、理由にくいちがいがある旨主張する。しかし、鑑定人が医学上の特別知識により被告人の精神状態を実験し、その障碍の程度を表示するに当り、偶々心神喪失なる法律上の用語を使用したからとて、これを以て直ちに鑑定人が抽象的に被告人がいわゆる心神喪失者であつたとの法律上の判断をなしたものと認むべきではない。そして、原判決ももとより右鑑定書の法律用語をそのまま援用したのではなく、右鑑定書のほか他の証拠により認められる客観的事実と対照し、被告人が犯行当時刑法上のいわゆる心神喪失の状態にあつたかどうかを、自主的合理的に判断したものとみられるのである。ただ、原判決のこの点に関する説示に論旨摘示の如きその措辞当を得ないものがある譏は免れないが、それだからといつて、原判決に所論のような違法があるとはいえない。
(五) ちなみに、被告人は昭和二十六年四月より昭和二十八年九月までの間に二十四回に互る窃盗を犯して、昭和二十八年十一月二十七日懲役一年六月三年間執行猶予の判決を受け、今後は絶対に酒を慎み、二度と盗みをしないと誓いながら、同年十二月八日に連続して三回の窃盗を犯し、翌昭和二十九年一月二十六日懲役六月再度の三年間執行猶予の判決を受け、その際も絶対に禁酒し、誓つて社会に迷惑をかけないと言つたにも拘らず、同年三月三十日またまた本件犯行を犯すに至つたのである。かくの如く、飲酒酩酊すれば必ず窃盗の罪を犯すことを知悉し、再三絶対禁酒を誓いながらなおも禁酒しないところに問題が存するのであり、検察官の憂慮するのも当然である。本件の場合は、被告人が犯行当時心神喪失の状態にあつたと認められ、その責任を阻却するものとして無罪を言渡されたが被告人といえども、飲酒酩酊すれば、常に必ず本件の如き甚だしい酩酊に陥るものと限らず、その程度如何によつては責任能力を肯定せられ、有罪の判決を受けることもあることはいうまでもないところであるから、被告人は今にして禁酒を断行しなければ将来取りかえしのつかないこととなる虞が多分にあるのであるから、この際深く反省すべきである。
以上の次第で、被告人は本件犯行当時特異なる酩酊状態にあつて外見に比し意識は高度に障碍され、犯罪に対する罪の自覚、是非の弁別を欠如する状態にあつたものと認められ、刑法にいわゆる心神喪失の状態にあつたものというのが相当である。されば、原判決は結局正当であり、原判決には所論のような理由のくいちがいや事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)